2014年9月16日〜31日
9月16日  ロビン〔調教ゲーム〕

 大阪城はクールだった。
 よそのツアーガイドがしゃべっている内容を聞いたが、大きな戦争があったらしい。石垣に歴史が刻まれているようで興奮した。

 中には本物の甲冑が飾られていて、剣士アルとキースは特に見入っていた。ケイはランダムと別のケースを見ている。

 議論のあと、ケイは少し元気がなかった。おれは彼の肩を叩いた。

「楽しめよ」

 彼は失敗した、とわらった。

「ゲストをやりこめるなんて、最悪」

「気にすんな。あいつにはあれぐらいが丁度いいよ」

 そうかね、とフィルが言った。


9月17日 ロビン〔調教ゲーム〕

「あ」

 おれは笑った。

「でも、あんたも気にしちゃいないだろ」

「正直、きみらとの愚にもつかない議論よりずっと楽しかった。誰が今日の皿洗いを担当するのかとかより」

 フィルは言った。

「日本人の考え方を知って、面白かったよ」

「ああ、あれは」

 ケイはとりなした。

「日本だっていまは特許を重視してるよ。特許を無視する連中に、商売で痛い目に遭わされているし、あれは――理想だ」

 ごめん、と言った。

「まあ、そうだろうな」

 フィルも言った。

「でも、十分の一税も理想なんだ」

 彼は笑った。


9月18日 ロビン〔調教ゲーム〕

 ユニバーサルスタジオで遊んだ後、ケイはカニ専門店のディナーに連れていってくれた。
 カニ寿司、カニ天ぷら、カニしゅうまい! そして、今日のビール!

「この酒制限はなんかいいような気がしてきた」

 ミハイルが笑った。そうなのだ。限られた一杯が、奇声が出るほどうまい。
 カニシャブ最高。カニ足を熱湯につけると、ぱっと白い花となる。カニズと身の口のなかに広がるハーモニー。

 幸せに悶絶していると、フィルがぼそっと言った。

「きみが指摘したのは本当だ。ぼくは意地悪してたな」


9月19日 ロビン〔調教ゲーム〕

 フィルはカニ足をカニズソースに点けながら、

「さっき気づいた。彼が謝った時に。無意識に彼をいじめてたんだな」

「無意識かよ」

「うん。さっき気持ちがほぐれたからわかったんだ」

 おれは聞いた。

「なんでいじめたんだ」

「たぶん――」

 彼はカニを食べる間、黙った。

「ま、嫉妬だろうな」

「――」

「あいつはうらやましいものをいっぱいもってる」

 しょうがないことだ。運命は平等じゃない。その不条理は、おれたちだけでなく世界中の人々が感じていることだ。

「カニシャブ喰えよ。うまいよ」


9月20日 ロビン〔調教ゲーム〕

 その後の旅は和気藹々だった。
 おれたちはヒロシマに行き、水上にたつ神秘な神社に行き、鹿とたわむれた。原爆ドームで歴史を見た。

 瀬戸内海を渡り、1368段の石段を登って金比羅山に詣でた。この1368段をまた下りねばならず、おれたちの足はくらげのようにガタガタになった。

「さて、皆さん」

 ケイが厳かに言った。

「ここまでリッチな旅をして、ご馳走に飽きていると思う。今日は趣向をかえて、日本の庶民の暮らしに触れてみよう」


9月21日 ロビン〔調教ゲーム〕

アルが気づいた。

「あ、ホテル、とれなかったのね」

「ズバリ言うな」

 ケイはいいわけした。

「ウドン県がランクインしていると思わなかったんだよ。まともなホテルは人数分とれなかった」

 おれたちはまったく問題ない。むしろ歓迎だ。おれたちは、楽しいウドンのセルフサービス店に二回も寄ってから、小豆島に渡った。

 石垣が詰まれた坂の多い町に、民宿はあった。日本の中年夫婦がニコニコと迎えてくれた。部屋はタタミ敷き。靴を脱いであがる。部屋は狭いが、清潔で窓から青い海が見えた。


9月22日 ロビン〔調教ゲーム〕

「明日は海釣りね。釣り船、予約したよ」

 ケイは食事時に予定を話した。キースが喜んだ。彼のリクエストだった。

「何が釣れる?」

「スズキとかハギとか、アオリイカなんかもかかるってよ」

 フィルがすまなげに言った。

「ぼくは抜けていいかな。陸地のほうが好きなんだ」

「OK。じゃ、おれもつきあうよ。サイクリングにでも行こう」

 あとの6人はふたつの釣り船に分乗して釣り船で出かけることになった。

「今日は早く寝てくれ。遅刻するとほかの客に迷惑かかる」


9月23日 ロビン〔調教ゲーム〕

船出は早かった。
 おれたちはまだ寝たばっかりのところを叩き起こされ、まだ夜の開け切らない港に追い立てられた。

 簡易ライフジャケットを着た釣り客はすでに多くいた。おれたちもライフジャケットを着せられ、釣竿とクールボックスを持たされ、あわただしく船に乗せられた。

 ケイと民宿の親父さんが、船長やほかの釣り客に日本語で話し、しきりにペコペコ頭を下げていた。

 おれとキースとアルは同じ船だった。船出してはじめて気づいたが、通訳なしに日本人の群れにいた。


9月24日 ロビン〔調教ゲーム〕

 おれはキースに言った。

「今さらなんだけど、おれ釣りはじめてなんだ」

「え?」

 アルも言った。

「同じく」

「え!」

 キースはにわかにあわてた。

「おれだって、海で釣るのははじめてだよ」

「ええ?!」

 おれたちはそろりと周りをみた。
 日本人たちはそれぞれ釣具をいじり、黙々と用意している。おれたちガイジンのまわりはふしぎな空間があいていて、こっちを見なかった。

 おれはキースに聞いた。

「要は、エサを針に刺して、海に投げ込めばいいんだよな」

「うん……」


9月25日 ロビン〔調教ゲーム〕

 アルは、と見れば、この男はすでにそばにいない。
 
 釣具を持って、知らない親父の傍に貼りつき、あやしい日本語と英語で訴えかけている。
 日本の親父は迷惑そうな顔をしつつも、彼の釣り具にリールをつけてやり、道具箱を指したり、自分でやってみせたりして、教えていた。

 おれとキースもその親父のまわりを取り囲んだ。

「……」

 手元をじっと観察していると、親父は仲間に何か言った。仲間は笑って助けない。
 その親父ミチオは結局、迷惑なガイジン三人の釣りの先生になった。


9月26日 ロビン〔調教ゲーム〕

「ロビン、ナウ!」

 ミチオが引け、と合図する。釣り竿の何か跳ねる振動があった。

 おれはあわてて引き上げ、そこにキラキラした魚がついているのを見た。釣りあげると、銀色の魚が元気よく跳ねた。

「イエスッ!」

 おれはついガッツポーズをとった。ほかの釣り客が笑い、「チヌ」と教えた。
 キースも釣った。アルも次々釣った。

 真夏の瀬戸内海は真っ青で機嫌がよく、魚がいっぱいいた。まわりの日本人たちも次々釣り上げ、楽しんでいた。いつしか、おれたちはいっしょに飯を食っていた。


9月27日 ロビン〔調教ゲーム〕

 じつはおれたちは昼食の用意を忘れたのだ。日本人たちはベントーを持っていた。
 船にはジャーがつまれていて、あったかいごはんはあったので、船長さんがオニギリを作ってくれた。

 ほかのお客さんがおれに醤油をくれ、釣ったスズキをささっとうまい刺身にしてくれた。
 ミチオは水筒の熱いミソスープを分けてくれた。

 楽しかった。はじめ寄り付かなかった日本人たちも片言の英語で話しかけ、笑いかけた。船を降りる時は皆が手を振ってくれた。

 しかし、港では事件が起きていた。


9月28日  ロビン〔調教ゲーム〕

 フィルが硬い顔をして言った。

「ランダムがいない」

 エリックとミハイルが乗った船に、ランダムはいなかった。ふたりはこっちに乗ったものと思っていた。

「ケイは?」

「いま、旅館のご主人といっしょだ。無線で船に聞いているらしい」

「おれたちも探しにいこう」

「ダメだ」

 フィルは厳しく言った。

「きみたちまで散らないでくれ。携帯はさっきエリックに取られた」

 ケイが戻ってきた。

「釣り船には乗っていない」

 おれはまわりを見た。急に海が不気味な深さをたたえているように見えた。


9月29日  ロビン〔調教ゲーム〕

 おれたちは港の付近を捜した。
 フィルはすでにランダムの写真を現像していた。その写真を持って、夕方の町を歩いた。

 ひとが少ない。さっきまであれほど素敵に感じた石垣も、瓦の家も迷路のように突き放して見えた。

「海辺が心配だ」

 アルは言った。

「潮が満ちている。岩場みたいなところにさまよい出てなければいいが」

 ケイはにわかにあわてた。

「エンジェルロード! 潮が引くと離れ島まで道ができるんだ。あれで渡っていたら――」

行ってみよう、ということになった。


9月30日 ロビン〔調教ゲーム〕

 だが、宿のおかみさんが言うには、干潮はいまの時期、真昼か真夜中なので、朝はぐれたなら渡っているはずがないという。
 アルは聞いた。

「はぐれたのは朝か。朝、いっしょに出たか」

「朝、連れ出したはずだぞ」

 ケイは頭を抱えた。

「ライフジャケットを着せて――くそ、乗せたんだよ。確かに!」

「別の男だったのかもね。同じジャケットの」

 ケイは足早に宿を出ていった。

「ケイ、どこいく?」

「水に、落ちているかもしれない!」


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